企業法務の自習室

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遺産分割と登記・909条で保護される第三者

民法909条は、「遺産の分割は、相続開始の時にさかのぼってその効力を生ずる。ただし、第三者の権利を害することはできない。」と定めています。この条文に関連して重要な判例は二つあります。

 

企業法務を専門としていると、相続はほとんど論点として出てこないので、今回整理したことを忘れないように書いておきます(忘れそうですけど)。

 

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最判昭和38年2月22日

重要判例その1は、最判昭和38年2月22日民集17巻1号235頁です。これは、甲乙両名が共同相続した不動産につき、乙が勝手に単独所有権取得の登記をし、さらに第三取得者丙が乙から売買予約による所有権移転請求保全の仮登記をうけたため、甲が所有権に基づく妨害排除としてこの仮登記の抹消を求めたという事案です。最高裁は、以下のように判示しました。

  

相続財産に属する不動産につき単独所有権移転の登記をした共同相続人中の乙ならびに乙から単独所有権移転の登記をうけた第三取得者丙に対し、他の共同相続人甲は自己の持分を登記なくして対抗しうるものと解すべきである。けだし乙の登記は甲の持分に関する限り無権利の登記であり、登記に公信力なき結果丙も甲の持分に関する限りその権利を取得するに由ないからである(大正八年一一月三日大審院判決、民録二五輯一九四四頁参照)。

 

しかし、仮登記は全部を消すことはできず、一部抹消(更生)登記手続のみ請求できるとしました。

 

この場合に甲がその共有権に対する妨害排除として登記を実体的権利に合致させるため乙、丙に対し請求できるのは、各所有権取得登記の全部抹消登記手続ではなくして、甲の持分についてのみの一部抹消(更正)登記手続でなければならない(大正一〇年一〇月二七日大審院判決、民録二七輯二〇四〇頁、昭和三七年五月二四日最高裁判所第一小法廷判決、裁判集六〇巻七六七頁参照)。けだし右各移転登記は乙の持分に関する限り実体関係に符合しており、また甲は自己の持分についてのみ妨害排除の請求権を有するに過ぎないからである。

 

これにより、遺産分割「前」の第三者との関係では、相続人は、自己の法定相続分については、登記なくして第三者に対抗できることが明らかになりました。

 

この判例を踏まえると、その後の遺産分割がなされた場合に民法909条但書が適用されると、以下のとおりの結論となります。

  1. 甲乙が50%ずつ持分を有する不動産があるが、甲の単独名義の登記になっていた。
  2. 甲が遺産分割前に、丙にその全部を譲渡し、丙は所有権移転登記を経由した。
  3. その後、遺産分割により、当該不動産の持分は、すべて乙が保有することになった。
  4. 民法909条但書に基づき、乙は、丙に対して、自己の法定相続分である50%の持分権については対抗できるが、これを超える分については、丙に対抗できない。その結果、乙が丙に請求できるのは、50%の持分についての一部抹消(更生)登記手続である。

 

最判昭和46年1月26日

重要判例その2は、最判昭和46年1月26日民集25巻1号90頁です。事案については、安永正昭先生の教科書からサマリーを引用します。

 

簡略化すると、遺産分割調停により、相続財産中の甲不動産につき共同相続人Xは法定相続分を上回る持分を取得することになり、他方共同相続人Aは法定相続分を下回る持分を取得することになったが、その旨の相続登記がなされない間に、Aの債権者Yが、Aを代位して(遺産分割前であることを前提に)法定相続分に従った登記をした上Aの持分を差し押さえた。この場合、Xは遺産分割により取得した法定相続分を上回る持分部分につき、その登記を経ないでも差押債権者Yに対抗できるか(遺産分割の結果を主張できるか)が問題となったものである。

 

(『講義 物権・担保物権法〔第2版〕』56頁(有斐閣,2014))  

講義 物権・担保物権法 第2版

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これについて、判例は以下のとおり判示しました。

 

遺産の分割は、相続開始の時にさかのぼつてその効力を生ずるものではあるが、第三者に対する関係においては、相続人が相続によりいったん取得した権利につき分割時に新たな変更を生ずるのと実質上異ならないものであるから、不動産に対する相続人の共有持分の遺産分割による得喪変更については、民法一七七条の適用があり、分割により相続分と異なる権利を取得した相続人は、その旨の登記を経なければ、分割後に当該不動産につき権利を取得した第三者に対し、自己の権利の取得を対抗することができないものと解するのが相当である。

 

ここで、対抗関係になるのは、Xの法定相続分を含むのか、それとも遺産分割により法制相続分を超えて取得した部分のみかが問題となりますが、「分割により相続分と異なる権利を取得した相続人は」との文言からは、後者であると解されているようです。

なお、本件については、177条の適用ではなく、94条2項の類推適用により解決すべきとの学説もあります。

 

ここまで整理するのに結構時間がかかってしまいました。物権変動と登記は、いつも難しいですね。

 

〔熊谷 真喜〕